首都直下地震に備えた耐震補強

高架橋電化柱 耐震補強工事

東日本旅客鉄道株式会社

震災の教訓を生かし耐震補強に着手

東日本大震災から2年後の2013年3月5日、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)から発表されたプレスリリースでは、大規模震災に対する取り組みとして、首都直下地震に備えた対策や、東日本大震災などを踏まえた安全性向上への対策費として総額約3,000億円を投じ、耐震補強対策などへの着手と地震観測体制の強化に対する具体的な内容について報じられた。

それによると、首都直下地震に備えた耐震補強対策(南関東エリア)は、

  • 高架橋・橋脚耐震補強
  • 駅舎等の天井および壁耐震補強
  • 盛土耐震補強
  • 御茶ノ水駅付近耐震補強
  • 脱線防止ガード
  • 電化柱
  • その他

上記以外のさらなる耐震補強対策(仙台等エリア・その他のエリア)では、

  • 高架橋・橋脚耐震補強
  • 電化柱の耐震補強
  • 駅舎等の天井耐震補強、と発表された。

今回は、東日本大震災で被害の大きかった新幹線高架橋上の電化柱の耐震補強工事にスポットを当て、耐震補強新工法に取り組むJR東日本を訪ね、『ワイヤーソーを活用した既存電化柱の耐震補強工法』を採用するに至った背景や経緯、その狙いなどの話を伺った。取材に応じていただいたのは、東京電気システム開発工事事務所 高山氏。

ヒルティは今回、施工日数わずか3作業日で行える革新的な工法の鍵を握った、ワイヤーソー本体および消耗品の提供、さらにその施工を請け負う会社への技術的な指導やサポート、アンカー施工などのアドバイスを行った。

「東日本大震災では余震も含めて、東北新幹線の高架橋で電化柱の延べ810本が折損やひび割れ、傾斜などの大きな被害がでました。その時の教訓から、首都直下地震に備えた電化柱の耐震補強対策は、最優先課題の一つになりました。」高山氏が語り始めた。

「新幹線をはじめ列車車両は、電線に接触させたパンタグラフ(集電装置)から電気を得て走行しています。パンタグラフの幅の間で電線に正しく接触するためには、それを支える電化柱はいかなる場合も傾くことは許されません。これまで、電化柱は電線の位置を規定値内に保つために、柱の変形性能に制限値を設けており、電鉄用のPC(プレストレスト・コンクリート)柱では、内部にPC鋼線を使用することで、その機能仕様を実現しています。

ところが、東日本大震災の激しい揺れにより電化柱が高架橋と共振してしまい、根本に大きな負荷がかかり破損、折れてしまうと想定される事態が発生しました。折れた電化柱は線路側に倒れてしまいましたが、幸いにも電化柱に衝突する新幹線はありませんでした。

この教訓から電化柱への耐震補強対策が急務であるとの判断に至り、弊社で新たに開発した電化柱PC構造から変形性能を有するRC(鉄筋コンクリート)構造に変更する対策を実施することになりました。

安全に「たまたま」はありません。お客さまの安全の確保は、確実に実行しなければ本来の意味がありません。」
今回の耐震補強工事のポイントと経緯について高山氏が解説してくれた。

これまで高架橋上の電化柱を建設する際は、耐震設計指針に基づく設計を実施してきたが、東日本大震災で想定外の激しい揺れが発生し高架橋上のPC柱が被害を集中して受けたことで、安全確保のための耐震補強対策と早急な対応に迫られた。

震災直後の復旧作業においては、損傷したPC柱の多くは、クレーンなどの重機を使った抜柱方法で鋼管柱に交換した。

しかし、首都直下地震に備えた今回の耐震補強対策に関しては、既存の電化柱をすべて鋼管柱に交換するには莫大なコストと時間を要してしまい現実的ではない。

「耐震補強対策について、施工を請け負う会社とともにあらゆる角度から検討した結果、新工法の実現にはワイヤーソーの使用が最適であると判断し工事計画を取りまとめ、社内で承認されたのが2012年5月です。そこから正式にスタートするわけですが、その後の半年間が苦労の連続でした。」

ワイヤーソーでの電化柱切断作業

ワイヤーソー施工

施主の不安や課題をきちんと受け止め、的確なアドバイスと提案で応えてくれた

「当時抱えていた不安で一番大きかったことは、施工を請け負う会社も含め、我々がワイヤーソーを用いた工事の経験が全く無かった事でした。ワイヤーソーを用いた施工の品質管理手法はもちろん、ワイヤーソーの製品特性や扱い方に関して知識を持ち合わせていませんでした。」

確かにそうだ。作業員が一度も扱ったことがない工具や機器を操り、電化柱を部分的に切断し、南関東エリアの東北・上越新幹線合わせて約1,370本もの電化柱の耐震 補強工事を向こう5年間で安全にそして確実にやり遂げなくてはならない。作業は終電以降、始発までの夜間の限られた時間帯で行わなければならない厳しい現 場だ。

「電化柱の耐震補強工法は非常に特殊なため、施工に使用する工具であるワイヤーソーは当社から施工を請け負う会社に貸与する計画としました。そこでワイヤーソーの導入検討に際し、メーカーに声をかけて話を聞くことにしたのですが、ワイヤーソーを使った施工の品質管理手法などで積極的に提 案・アドバイスをしてくれたのがヒルティさんでした。こちらの不安や疑問に対し、ひとつひとつ丁寧に回答していただき、一緒になって問題解決に取り組んでもらった・・・ そんな印象が今でも残っています。」

ワ イヤーソーによる品質管理手法確立のために実施したデモは、半年間で延べ10回を超えた。他の電動工具のデモとは異なり、工具を取り出し簡単に実施できるようなものでは ない。関係各社との日程調整やデモの段取りなど、お客様との緻密な確認作業を経て実現できる調整能力も求められる根気のいる仕事だ。

一方、新工法ということでワイヤーソーの使用方法も従来とは大きく異なるため、社内で頭を抱えることが連日連夜続いた。チームを動かした原動力は“安全に、無事工事が完遂するように、”
施主も施工会社も含めた関係者全員の共通の想いだった。

「ゼニス羽田㈱(現ベルテクス㈱)の敷地内、及び、埼玉県にあるJR東日本 吉野原ヤード」
にて、約半年間かけて、模擬設備におけるワイヤーソーによる切断実践テスト、設置訓練を行ってもらいました。
訓練の大きな目的は、

  • 所要時間の把握
  • 一連の作業手順の体得
  • 問題点の把握と対策の検討、です。」

「その中で、施工を請け負う会社の工事管理担当者や実際の作業を実施する作業員にとってワイヤーソーは初めて使う工具なので、基本的な扱い方から製品の特性、注意点、実際の工法に至るまで、ヒルティさんの技術指導に沿って実戦経験を積み重ね習熟度を向上させました。私が特に意識したことは、ワイヤーソーによる施工品質の定着化と、施工を請け負う会社の工事管理担当者に対して施工上の事故などが起きないよう、安全管理に関する注意やルールを徹底させることです。

当初は、自分たちが考えた通りに電化柱のPC鋼線だけをうまく切断するという施工品質を確実に確保することができるのか不安でしたが、事前準備をしっかり行い、テストに於ける実戦経験を積む事で得た自信が、現場で生かされたと思っています。」高山氏が今回の新工法がもたらした成果について解説してくれた。

コスト1/10を可能にした新工法、その鍵を握るワイヤーソーの施工ノウハウ

ワイヤーソーを用いた今回の新工法による工事手順は、

  • 電化柱内部の空洞に無収縮モルタルを打設
  • 上下一体型鋼管ユニット取付け
  • 電化柱と鋼管ユニットとの隙間にモルタルを充填
  • 上下鋼管ユニットの隙間からワイヤーソーでPC鋼線を切断
  • 中段の鋼管ユニットを取り付けてモルタルを充填、といった流れになる。

この新工法の大きな特長は、部材の寸法、形状にかかわらず対象物にワイヤーを巻きつけることができれば切断可能となり、その上断面の仕上がりも非常にキレイな点にある。また、鉄道工事は夜間作業が前提になるため、騒音に関しては配慮が不可欠であるが、ワイヤーソーはワイヤーを回転させる駆動音(モーター音)が主で、カッター工法やハンドブレーカー工法で発生する切断音や破砕音の騒音と比べても低騒音な点も、非常に有利である。

ヒルティが電化柱切断用に提案したのは、ダイヤモンドワイヤーソーシステム DS WS10-E。高い切断力、軽量かつ短時間で、一人でも設置・施工可能なコンパクトなワイヤーソーだ。被切断物のさまざまな形状に制約されない、低騒音で振動や粉じんの少ないといった特長もあり、夜間の作業現場にも最適なシステムであると今回、プロジェクトに関わったチームメンバー全員がそう考えた。

「2012年当時、日本国内の鉄道関連企業に対するヒルティの知名度は、残念ながら極めて低い状況でした。しかしながら、欧州市場における鉄道工事で数多くの導入採用実績を有している事で、国内市場でも必ずヒルティの強みを発揮できる! そう信じて、お客様の抱える課題に対し全力で向き合いました。」
コツコツとお客様との信頼関係を築いてきた日本ヒルティの直江は、当時の苦労を懐かしむように目を細めながら、鉄道ビジネスにかける熱い思いを語った。

高山氏が続ける。
「今回の耐震補強対策工事はワイヤーソーの取り扱いも含め、初めての試みばかりでした。確実な品質管理を行い、かつ決められた工期内で工事を進捗させなくてはないない状況でしたので、私たちJR東日本をはじめ、実際に作業にあたる施工会社、工具や機材や材料を供給するメーカーなど、工事に関係する全ての方々で取り組んだ現場だったと思います。

中でもヒルティさんには、ワイヤーソーの保守管理に必要な消耗品交換のタイミングはもちろんのこと、施工を請け負う会社へのワイヤーソー本体の技術指導からアンカー施工に関する提案やアドバイス、技術支援も含め、多大なるサポートをいただき心から感謝しています。世界中のさまざまな現場で培ったワイヤーソーのノウハウが、今回の新工法による電化柱、耐震補強工事を成功に導いた要因のひとつでしたね。」

最前線でお客様の問題解決に正面から取り組んできた、チームメンバーのヘビーダイヤモンド・スペシャリスト岩本は、「現場でのデモを行う度、ヒルティの技術やソリューションが鉄道工事に合致していると確信を深めていきました。“安全性の追求と生産性の向上”この2つを同時に実現するお客様の取り組みを、これからもヒルティがサポートしていきたい。」と語った。

生産性の向上、そして確かな安全性の実現、更には工事全体のコスト圧縮は、全ての工事現場における大変重要な課題であり大きなテーマでもある。震災直後の復旧工事のように既存の電化柱を鋼管柱にすべて建て替える案と比較すると、今回の新工法による工事は約1/10程度の予算で実施可能とのこと。さらに1本あたりの交換に必要な施工日数が、わずか3作業日という点も、工期短縮や生産性向上といった観点から新工法の採用効果は絶大であると言えよう。

世界中で耐震工事の実績を有するヒルティだが、JR東日本が進める首都直下地震に備えた耐震補強対策工事に、今回のような形で具体的に関わり貢献できたことで、とても大きなノウハウを手にしたに違いない。

安全性の実現をどのように支援し、どのように貢献していくか。

鉄道は、国民生活になくてはならない最も重要なインフラのひとつである。

便利で快適であるだけではなく、つねに安全性が確保されていることが当然のように求められる事業だ。地震のような天災を避けることは不可能だが、それに起因する二次災害は過去の教訓を生かし、なんとしても避けなければならない。

そのあたりついて高山氏は、
「電化柱の耐震補強対策工事は、首都直下地震に備えた対策の一部ではありますが、JR東日本管内で対象エリアも広域であると同時に対象本数も多く、また重点的な整備期間と定めている2016年度までに対応し完了しなくてはならない重要案件です。過酷な現場ではありますが、確実な施工品質を確保し、関係各社に協力いただきながらスケジュールを遵守し、確実に遂行したいと考えています。」

  • 東日本旅客鉄道株式会社 東京電気システム開発工事事務所 高山氏

 

本案件を機に鉄道分野においても大きな手応えを掴んだヒルティは、今後も技術や実績に裏づけされた確かな製品とノウハウを武器に、お客様の抱える課題や問題を解決する良きパートナーとなってまいります。 

お客様との信頼関係をより確かなものにするために、どのような活動を展開していくべきか。その答えはいつの時代も、お客様の声の中に、お客様が抱える課題の中にあるのかもしれません。

今回のプロジェクトに当初から関わり、施工が本格的にスタートした後もお客様のサポートにあたっている日本ヒルティの関口は、「ヒルティ製品・サービスを導入いただいたお客様と“WIN-WIN”の関係を構築することに努めて、常にベストパートナーであると認めてもらえるようチーム一丸となって臨んでいきます。」と、目を輝かせて答えた。

またエンジニアの櫻井は、「これまで国内の鉄道分野においては実績がなかったヒルティが、全社一丸となって取り組み、国内鉄道市場に大きなインパクトを与え始めたと、確かな手応えを感じています。」と、感想を述べた。

鉄道チームのリーダー直江は今回の耐震補強工事を通じて「すべての工事関係者の困り事は、私たちの困り事と捉えています。お客様の問題解決に向け一番近くにいるのはヒルティの直販営業と、サポートスタッフであると思います。」改めてそう実感したという。

 

【取材先企業データ】

会社名:東日本旅客鉄道株式会社 http://www.jreast.co.jp/
設立:1987年4月1日
資本金:2,000億円
従業員数:59,240人(2014年4月1日時点)

事業内容:

  • 旅客鉄道事業
  • 貨物鉄道事業
  • 旅客自動車運送事業
  • 索道業
  • 旅行業
  • 倉庫業
  • 駐車場業
  • 広告業
  • 図書・雑誌の出版業
  • 金融業
  • 前払式支払手段の販売業及びゴルフクラブ会員権、テニスクラブ等のスポーツ施設利用権等の販売業
  • 電気通信事業
  • 情報処理及び情報提供サービス業
  • 損害保険代理業その他の保険媒介代理業
  • 自動車整備業及び石油、ガス等の燃料、自動車用品の販売業
  • 旅行用品、飲食料品、酒類、医薬品、化粧品、日用品雑貨等の小売業
  • 旅館業及び飲食店業
  • 一般土木・建築の設計、工事監理及び工事業
  • 設備工事業
  • 電気供給事業
  • 動産の賃貸業及びイベントに関するチケット販売、クリーニング、写真現像等の取次業
  • 不動産の売買、賃貸、仲介、鑑定及び管理業
  • 輸送用機械器具製造業
  • 精密機械器具及び一般産業用機械器具製造業
  • 看板・標識案内板等の製造・販売業
  • 遊園地、体育施設、文化施設、学習塾等の教育施設、映画館等の経営
  • 清涼飲料水、酒類の製造及び水産物の加工・販売業
  • 骨材・石工品及びコンクリート杭・ブロック等の製造・販売業
  • 上記の事業に附帯または関連する一切の事業、その他上記の目的を達成するために必要な事業



【導入製品】
ダイヤモンドワイヤーソーシステム DS WS10-E 3x200V:6台 / ユニバーサルバキュームクリーナー VC 40-U 100V:8台 / 延長収納コラムシステム DS WS 10:6台 / クランピングプライヤー DS-WSTHY:6個 / ドライブホイール DS-WSWD 280:6個 / ダイヤモンドワイヤー 400m / ドリルビット TE-YX 32/92:10本 /
ドリルビット TE-YX 28/92:10本 / ディスペンサー P 8000 D:1台 / コンビハンマードリル TE 80-ATC-AVR 220V:1台 / 接着系注入式アンカー HIT-RE 500/1400 JP:20本