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第3回 あと施工アンカーの方向性に確信を持ったヒルティ本社訪問

懐かしいヒルティ第一工場前(当時のヒルティロゴマークはオレンジ色であった)

ヒルティ本社訪問で構造技術としてのあと施工アンカーの方向性に確信を持った

東京理科大学名誉教授、工学博士の松崎育弘氏

今回お話を伺ったのは東京理科大学名誉教授、工学博士の松崎育弘氏です。新築時における構造体構築のための構造技術としてあと施工アンカーの使用を推進する立場として、研究や講演を行っています。

 

Q. まず先生のあと施工アンカーにかかわるご経歴を教えていただけますか?

1964年6月、私が大学4年生の時に、「新潟地震」、そして、大学院3年生の1968年5月に「1968年十勝沖地震」が起こり、既存鉄筋コンクリート造建物の被災、特に、柱部材のせん断破壊について、その実態を肌で感じる機会がありました。また1964年3月に発生した「アラスカ地震」の報道から、外壁の落下、各種設備機器の転倒、大津波による被害等を知ることが出来ました。

このように日本では、既存建物等々の耐震性能不足が大きく取り上げられ、1981年の建築基準法改正の機運が高まる中、私は4月に鹿島建設に入社、技術研究所に配属され、同年4月より発足した「特別プロジェクト」の一員として活動を開始することになりました。

 

4年間のプロジェクトにおいて、一連の模型実験と関連要素技術の開発、そして検証用の高度解析手法の整備など目標はほぼ達成できたが、一方で「大小各種の機器類、および配管・配電類等々をどのように据え付けねばならないか」といった関心を持つことに至りました。調べてみると、建設するRC造床スラブ・厚壁等には、コンクリート打設前に、いわゆる先付け金物をセットしておき、後に表面に現れたスチールプレートに、機器の取付部を溶接するという方法を取っていることが分かりました。この計画立案には、周到な事前作業の必要性を知り、至極感銘したことを覚えています。

 

一方で、先付け金物には、「配置計画の変更をせざるを得ない場合はどうするのか?」、さらには、「何年後かに、機器類を交換する場合、機器形状、サイズ等が変わる場合の対応はどのようになるのか?」など、次々と思うことが生じ、「先付け金物の配置は、必ずしも万能ではないかもしれない」との思いに取りつかれてしまいました。

 

「あと施工できる金物も必要になるのではないか」といった熱い思いの意見交換をしたことを思い出します。「コンクリートを斫って鉄筋に溶接する工法をよしとするのか?」、「それ以上に有用とみなせる『あと施工アンカー工法』を承認していくことも必要ではないのか?」と言った議論の末に、あと施工アンカー技術の実情を調べ、検証実験を行い、設計・施工指針を作ることが必要であると話が一気に展開していったことを思い出します。この段階から3年6期にわたって、「先付け金物の検証実験」と「あと施工アンカーの検証実験」を同時に実施し、同等の構造性能の発揮されたため、一連の研究成果を1975年から1981年にかけて、日本建築学会等で報告することが叶いました。

NCAA代表メンバーとヨーロッパ代表メンバー

Q. 1984年(昭和59年)に現あと施工アンカー工業会(JCAA)の前身である日本コンクリート工業会(NCAA)が設立されましたが、この設立の背景を教えていただけますか?

 

このように私があと施工アンカーの研究成果を報告している中、1983年日本海中部地震が起きました。建物が倒壊したので、建築基準法を改正しようとする動きがありました。ところが建築基準法を改正すると、既存の建物が不適合となってしまうことから、どのような考え方で補強するかという指針を出すことになりました。

一方で、当時東北新幹線の建設が行われていました。私が勤めていた鹿島建設が盛岡駅地区を担当することになりました。盛岡駅では在来線の駅の上に新幹線駅を作るため、下になる在来線の駅を補強する必要が出てきました。この既存の駅をどのように補強するかという話が出て、柱のせん断耐力向上のための補強方法の開発、あと施工アンカーを利用して耐震壁を補強する方法等々、構造性能を向上させようとする耐震強度法の開発が積極的に進められました。

こういった課題を話し合うワーキンググループが建築学会にでき、「技術資料や施工要領書、商品一覧表などの資料作り」と「施工技術の向上を図るため」に発足したのが、日本コンクリートアンカー工業協会(NCAA)でした。いくつかのアンカーメーカーからも参加者がありましたが、日本ヒルティからは、技術顧問の大森さんが参加していたと思います。

また、1991年5月に、シュトゥットガルト大学のエリゲハウゼン教授が、あと施工アンカーの国際標準化を目指して世界を回旋する中、来日されました。教授によるオープン講演会が開催され、日本の建設関連の関係者の多くが聴講し、日本におけるあと施工アンカー技術に対する理解と利用の機運が高まった始まり時となりました。

そこでNCAAでは、あと施工アンカー技術が発展しているヨーロッパの実情を視察しようという話になりました。エリゲハウゼン教授がウィーンで開いた国際委員会に出席した後に、リヒテンシュタインのヒルティ本社を訪問しました。そのとき見学させてもらったヒルティの工場は素晴らしく立派で清潔な工場であったことに感銘しました。当時、日本のアンカーメーカーが持つ工場の規模は、まだ小規模で、工場を持たない会社も多かったようですが、ヒルティのような発展ができるのだという意欲につながったのは確かです。また、私個人としても、構造用としてのあと施工アンカーの必要性に関する認識を新たにしました。ヨーロッパの建設の生産性が高い理由として、あと施工アンカー技術にその一理があると感じ、日本でも「補修・補強として利用するあと施工アンカー技術」にこだわりすぎず、構造用アンカーとして本格的に利用してゆく認識が必要であることに、強い意欲を感じたことを、以後、常々、思い続けています。

NCAA代表メンバーがヒルティ本社訪問の歓迎会

Q. 今後の日本ヒルティに望むことをお聞かせ願えますでしょうか?

日本の建設業界において、「あと施工アンカー」の使用は、既存建物の「補修・補強」に使われるものであるという認識が強すぎます。しかし、ヒルティ本社のあるヨーロッパでは、あと施工アンカーは設計段階から、構造設計者の重要な構造技術の一つだと思っていると思います。

あと施工アンカーの使用を、新築時における構造体構築のための構造技術として認識すること、即ち、構造体等を構築するために使用することは、建設業の生産性向上や、建設プロセスの見直し等、さまざまな動きを促すことができるものと期待できます。

ヒルティコーポレーションの知見や経験を基盤として、日本ヒルティから、あと施工アンカー技術がもたらす新しい発展をもっと強く発信してくれることを期待しています。

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