第1回 低速型鋲打機で現場を効率化した、ヒルティ黎明期

第一回目の今回は、ヒルティ黎明期を知る、お2人のヒルティOBにお会いしてお話を伺いました。

一人目は、ヒルティ創立に立ち会い、日本ヒルティ株式会社になってからは取締役も務められた牧野義一さん。二人目は、創立直後の1972年に入社された、瀬尾靖雄さん。営業本部長やセールスオペレーションマネージャーなどを務められ、ヒルティの歴史を知るおひとりです。

牧野義一さん

ヒルティの創業当時、どのように会社が始まったのでしょうか?

牧野さん:当初、1960年代になりますが、ヒルティの製品は、当時の伊藤満株式会社の機械部で輸入されていました。その頃私は他社製の同様な鋲打機を販売する会社に勤めていたのですが、そこで、「ヒルティの販売をやらないか?」と声がかかりました。そこで私は、富士機工商会という会社を立ち上げ、ヒルティの鋲打機の販売を始めました。同様にヒルティ製品を扱う会社がほかの地域にもありましたが、ヒルティコーポレーションが一つの日本の会社を作るために動き出しました。富士機工商会は、1973年にヒルティ名古屋となり、その他にもヒルティ九州、ヒルティ中国などの会社が立ち上がりました。1968年というのは、登記の年なんですね。そこからそれぞれの会社が一つになり、ヒルティ販売株式会社となったのです。

当時はどんな製品を取り扱っていたのでしょうか?

牧野さん:ヒルティの始まりは、もちろん鋲打機です。初期型のDX100型という鋲打機は、片方をハンマーで叩く仕様でしたが、製鉄のインゴット成型用の型に断熱材を取り付ける用途に爆発的に売れました。当時の製鉄では圧延、鋳造などの加工をする前に、一定の単純な形に鋳造していました。鋳造する際、直接型に触れると急激に冷却するため、表面にひび割れが入り、歩留まりが悪くなってしまいます。このため、型に断熱材を貼っていました。1970年代、高度成長期の時代、3交代24時間ずっと鋳造を続けているわけで、1回冷やしたら、すぐに次の鋳造のために新しい断熱材を取り付けるので、スピードが必要とされました。当時、ターンバックルと呼ばれる突っ張り棒のようなもので断熱材を留めつけるのが普通でしたが、DXだと次々とピンで留めていけるため、大幅にスピードを改善しました。

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当時の製鉄の工程で、インゴット成型用の型に断熱材を取り付ける用途にDX100型が使用されていた。

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初期の低速安全鋲打機 DX100型

瀬尾靖雄さん

 

瀬尾さんDXは火薬式の鋲打機なので、当時も販売に許認可が必要でした。そのため当初は、多くの銃砲店に販売を担っていただきました。現在ヒルティ製品の販売を担っていただいているダイレクトパートナー様も、当時からのお付き合いで、拡販にご尽力いただきました。

当時一般的な鋲打機は、高速型で銃と同じ構造ですからとても危なかった。そこへきてピストンで鋲を打ち出す低速型のDX100型は現場に安全性を提供しました。事故が減って、お客様には喜んでいただけました。この頃、DX100型をお客様にご紹介する際、六角ナットを床に置いて鋲を打ち込んで見せるデモをしていました。こんな不安定なところでも安定して打てる、鋼材にも打てる、とお客様を驚かせる有効なデモの方法でした。

DX100型の価格は32,000円でした。当時の初任給が約1万円くらいでしたから、その3倍ほどの値段がしたのに、お客様は喜んでご購入くださいました。さらに、引き金タイプの連発式DX350型が出ると、軽天間仕切りや防水など、大量に釘頭のピンを打つ仕事をされるお客様に、連続で打てる、安全、故障しないと、喜んでいただいていましたね。作業効率が30%、いや40%も改善したとおっしゃったお客様もいましたよ。

瀬尾さんが、ヒルティで働いていたころの思い出を語っていただけますか?

瀬尾さん:ヒルティがいい会社だったなと思うのは、トレーニング、教育に力を入れていることです。普通だったら、定年になったらもうトレーニングを受けさせるなんてことはないのではないでしょうか?私は、64歳になった時も、トレーニングを受けていましたよ。

また、たくさんの外国人の上司と仕事をしましたが、たいていは相性が良かったですね。当時の社長、コックスさんやエバートさんは、たとえ失敗したとしても、その過程を見てくれました。過程がしっかりしていれば、怒られることはなく、励ましてもらえたのはいい思い出です。

楽しそうに語るお二人の昔話に、創業当時のヒルティにも、お客様の仕事を助ける、製品、サービスの提供をしていたことが垣間見られたのは、現社員としてうれしいひと時でした。

 

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